Categories: ジャズの歴史

セロニアス・モンクは何故、崇められるのか

セロニアス・モンクはスイングには興味がないように思われて仕方がない。「5byMONKby5」を聴くたびに、不自然なリズムで不協和音を鳴らす。

これはマイルス・デイビスのアルバム「バグス・グルーヴ」で自分のソロのところで、モンクにピアノを弾いてくれるなと言った気持ちが手に取るように分かるような気がする。

モンクがバッキングでピアノを弾くと、全てがモンク色に染まってしまう。マイルスはそれを恐れたのだ。

「5byMONKby5」を聴けば一目瞭然だ。僕はモンクのコレクターでもないし、コレクションもそれほどない。

しかし一聴するだけで、モンクが何を表現したいのか、聴く側の僕としては不安でしょうがない。

その分かりにくさがモンクであり、死後、ロック中心のミュージシャンの間でモンクを見直そうと、一大イディオムが湧き上がる。

モンクを見直すも何も、モンクはモンクの中でしか泳げないのだ。確かに個性的なピアノだし、作曲にも優れている。

特にモンクの曲の中では〈ストレート・ノウチェーサーや〉や、〈アスク・ミー・ナウ〉など好きな曲である。

〈アスク・ミー・ナウ〉はモンクのオリジナルではなく、ピィー・ウィー・ラッセルのインパルスレーベル録音のその名も「アスク・ミー・ナウ」である。

このラッセルのクラリネットには参ってしまった。こう言う曲が作れるのがモンクのすごいところで、誰にも真似出来ない曲調が素晴らしい。

瞑想的雰囲気さえ漂っている。モンクは名前ばかりが先行して、その人の持つ暖かみに触れていないのではないだろうか?

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